Research in the QMST: Mission 1
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複合電子系の反応の理論的研究

遷移金属元素や有機官能基、高周期へテロ元素、典型金属などを含む分子や複合系は、 同一系内にd電子やs, p電子、σ、π電子、超原子価結合、静電相互作用などを含むことから、 触媒反応、有機合成反応などで、生体金属酵素から工業反応までの広い範囲で大きな役割を演じており、 この分野は新しい伸展が著しい。従って、それらの化学的挙動を正しく理解することは、 この分野の一層の進展に必要不可欠であり、実験分野から理論的研究が強く求められている。

また、理論化学の観点からも、新しい反応挙動や新しい反応が期待されることから、 極めて興味深い分野でもある。

本研究室では、複合電子系の反応、特に、触媒的有機合成反応に大きな興味を持ち、 理論的研究を展開しており、多くの成果を上げ、実験分野からも注目されている。

具体的な成果を以下に上げて説明をします。


1.ルテニウム錯体触媒による二酸化炭素の水素化反応の理論的研究:

“Ruthenium(II)-Catalyzed Hydrogenation of Carbon Dioxide to Formic Acid. Theoretical Study of Real Catalyst, Ligand Effects, and Solvation Effects”
Yu-ya Ohnishi, Tadashi Matsunaga, Yoshihide Nakao, Hirofumi Sato, Shigeyoshi Sakaki
J. Am. Chem. Soc., 127, 4021-4032 (2005)

この反応は碇屋、野依らにより報告され、それまでにない高い触媒活性から注目された反応です。 しかし、触媒作用機構が明らかでなく、幾つかの疑問点がありました。Ru-H結合に二酸化炭素が挿入し、 Ru-OCOH錯体(ルテニウム−ギ酸アニオン錯体)が生成した後、Ru上のH配位子と還元脱離するか、 あるいは、新しい水素分子が来て、メタセシスをするか、いずれの機構なのか明らかでなく、 また、この種の触媒反応で重要な律速反応はどこか、明らかではありませんでした。

この触媒反応系について電子状態計算を行い、可能な全ての中間体と遷移状態の 構造とエネルギーを求めました。その結果、明らかになった触媒反応機構を以下に示します。

本反応では、二酸化炭素がRu(H)2(PMe3)3の空配位座に接近、 配位しRu-CO2錯体(ルテニウム−二酸化炭素錯体)を 形成した後、二酸化炭素がルテニウム−ヒドリド結合に挿入されることにより、 Ru-OCOH錯体が形成されることが明らかとなりました。この挿入反応の構造変化を以下に示します。

Ru-OCOH錯体が形成された後、異性化反応を経て、錯体に形成された空配位座に水素 分子が配位します。その後、水素分子がヘテロリティックに開裂することによって、ギ 酸が形成されます。このRu-OCOH錯体が分子状水素と反応する過程78 の構造変化を示します。

以下に、本触媒反応全体のエネルギー変化を示します。

このエネルギー変化から、反応の律速段階が、二酸化炭素の挿入反応であり、錯体は 水素分子の配位という二分子過程を経なければ、安定な構造に至らないことが明らかとなりました。


2.檜山カップリング反応の理論的研究:

この反応は檜山らにより報告され、有機ケイ素化合物の交差カップリング反応にフッ化物イオンを添加することで、 その反応性が非常に高まることから注目された反応です。しかし、 その交差カップリング反応の詳細やフッ化物イオンの反応過程における挙動 (フッ化物イオンが求核的にケイ素を攻撃し、Hypervalentな5配位シリカートを形成するか否か、 5配位シリカート形成後に反応が進行するのか、遷移状態付近で5配位シリカートを形成するのか)は 明らかにされていませんでした。

この触媒反応系について電子状態計算 を行い、Schemeの触媒サイクルに沿って可 能な全ての中間体と遷移状態の構造とエネル ギーを求めました。一例として、フッ化物イ オン存在下、律速段階であるトランスメタル 化過程の構造変化を示します(右図)。

この過程は、reactantのvinyl-trimethylsilaneの反対側から tetramethyl-ammoniumが接近し反応が開始します。反応 が進行するに伴い、Pd-C bond、及びSi-F bondが形成され、Figureに示すような productが生成します。遷移状態付近では、 ケイ素が5配位シリカート類似構造をとって おり、非常に興味深いです。

本研究より、フッ化物イオンが無い場合のこの反応の律速段階はトランスメタル化過程であること、 そして、フッ化物イオンはトランスメタル化過程にて、ケイ素に求核攻撃し、 強いSi-F結合を形成することにより反応促進に寄与していることが明らかになりました。 また、ケイ素はその過程の遷移状態付近にて5配位シリカート類似構造をとっていることが分かりました。


最終更新:2006年4月26日
ページ開設:2002年6月23日