Research in the QMST: Mission 3
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溶液内化学理論の開発と応用

大部分の化学反応は 溶媒中で起こっており、 こうした溶媒効果が反応の 成否の重大な鍵を握っているいるにも拘わらず、その理論は未開拓と言っても過言ではありません。そこで現実的な理論モデル 構築のための新しい理論の開発 とその応用を 行っています。

RISM-SCF/MCSCF理論

近年は化学反応のエネルギー面を高い精度で計算することが可能となってきました。しかし、従来からの量子化学的手法は主に孤立系を対象としている理論です。 現実の化学現象を考えた時に、非常に多くの場合は溶媒中での反応を対象としています。極性溶媒は勿論ですが、時には非極性の溶媒でも、溶質分子−溶媒分子間の相互作用は非常に大きいことが知られていますから、いつでも孤立系のことだけを考えればよいかは、それほど自明なことではありません。

右の図(図1)は、RISM-SCF/MCSCF法で計算した、孤立分子系(気相中、黒点線)と水溶液中(青線)におけるSN2反応(メンシュトキン反応)

NH3+CH3Cl -> NH3CH3++ Cl -

のエネルギー面です。1)


水中のメンシュトキン反応

反応は左から右へ進行します。気相中と水溶液中では、活性化障壁のみならず、反応が発熱的か吸熱的かでさえも変わってしまっていることが分かります。この反応を記述する上で、量子化学的な考え方が必要であることは勿論ですが、こうした溶媒和の効果を考慮することも同じくらい重要である、ということに注意してください。より現実的なシステムを理論的に取り扱うためには、量子化学計算の精度を上げていく努力とともに、溶媒和に正面から取りくんでいくことも 不可欠なのです。

では、上記の反応のエネルギー面の大きな変化の原因はなんでしょうか?右に示す動径分布関数が、溶媒和の変化を直接知ることのできる量です。上からreactant、transition state、productになっていて、左側にはNから見た周囲のHの存在確率を、右側にはClから見たHの 存在確率を示しています。左側(N)ではreactantで見えていたピーク(2オングストローム付近)が反応の進行に沿って消失しています。一方で、右側(Cl)では、最初は何もなかったにピークが段々と成長していくことが分かります。つまり、N側では反応の進行に沿って水素結合が消失しているのに対して、Cl側では逆に形成されていることが分かるわけです。上述のproduct側でのエネルギー安定化は、このCl-H間の新しい水素結合の形成に起因していることが分かりました。


溶媒和の様子

現在のところ、溶媒和効果を扱う理論としてPCM法など誘電体モデルを基にした理論がまだまだ一般的です。しかし、こうしたモデルの不十分さ・限界はこれまで一世紀あまりにわたって繰り返し指摘されてきました。今後、溶液の問題に真正面から取り組むためには、RISM-SCF/MCSCF法のように”リアルな”反応系の取り扱いが可能な理論が不可欠であり、そうした理論の開発が理論化学の発展の大きな一つの鍵を握っているのです。当研究室では、以上紹介したRISM-SCF/MCSCF法の他にも溶液内化学過程に対する種々の理論を提案し、これらのプログラム開発を行っています。

    脚注
  1. 気相中ではポテンシャルエネルギー面ですが、水溶液中ではRISMの定義によって自由エネルギー面(平均場力)になっています。

最終更新:2002年6月23日
ページ開設:2002年6月23日